わがまま
暗い部屋の中、携帯の画面が光り着信を告げる。画面に表示された名前を確認し、少しためらってから"応答"をタップする。女は弱々しい声でもしもし、と言った。
「ハンバーグが食べたい」
唐突に、何の挨拶もなく男はそう告げた。
「どうしたのよ、急に」
困った調子で女は答える。
「いや、すごくハンバーグが食べたくなってね。カツカレーもいいな」
「作ればいいじゃない」
「自分が作ったのじゃ、ダメなんだ。味が予測できてしまうからね」
「何よそれ。じゃあ買ってくるとか?」
「この時間だと、惣菜はもう売り切れているよ」
「そうだけど…」
「あぁ、餃子でもいいな。焼き魚も捨てがたい」
「…はぁ」
しかたがないな、という風に女は一つため息をついた。彼のわがままに付き合ってやるか。
「…それって、オムライスでもいいのかしら?」
「もちろんだとも、オムライスか、最高じゃないか」
にんまりとした子供のような彼の笑顔が目に浮かび、彼女は思わず微笑んだ。調子に乗って、悪ノリする。
「実は私、オムライスを作るのは自信があるの」
「そうか、それは知らなかった」
「もう他のは食べられなくなるわよ」
「是非食べてみたいな、期待しよう」
電話する前の沈んだ気持ちは、もうすっかり直っていた。
「ふふ、期待して。それじゃ、駅前のコンビニに集合しましょう」