人類滅亡の日
「ねぇ、いつ滅亡するのかしら」
「え?」
「人類。今日滅亡するんでしょ?」
「ああ……そうらしいね」
「全然そんな感じしないじゃない。もう夜よ?」
「そうだね。ひょっとしたら滅亡しないのかも」
「そんなの嫌よ。全然つまらないわ」
マヤ文明の予言によれば、人類は今日滅亡する。どのようにしてそんな事が起こるのか全く検討もつかないが、とにかくそういう事らしい。有史以来繁栄の一途を辿り、今や地球上の端から端までを占拠するに至った人類も、今日で絶滅、というわけだ。
「ねぇ、貴方はどうやって人類が滅亡すると思う?私はやっぱり隕石だと思うわ。一番ロマンがあるもの、それ以外はお断りよ」
少し値の張る落ち着いた雰囲気のレストランで、声を抑えつつも身振り手振りを交えて夢中になって話す彼女。彼女も"滅亡"に含まれるはずなのだが、その事は頭に浮かんでいないらしい。コロコロと変わる彼女の子どものような表情がなんだか可笑しく、男は目を離す事が出来なかった。
「でも隕石が落ちてきたくらいで、本当に人類は滅亡するのかしら。地下にシェルターでも作って、そこに移り住めばいいんだわ……ねぇ、聞いてる?」
そういわれて正気に戻るが、ちゃんと話を聞いていなかったため返事に困る。そうだなぁ、と言って飲み物を口にし、その間に頭を整理する。考えていたのとは違うが、今を逃す手はない。そう、人はいつ滅亡するか分からないのだ。
よし、と心内で気合いを入れ、男は口を開いた。
「そうだね……混乱を招くといけないから、ここだけの話だよ。いいかい?」
「え、何なに?」
耳打ちするジェスチャーをすると、にやにやしながら彼女は顔を近づけてきた。
「実はもう、隕石は降ってきてるんだ」
「え、うそ、本当に?」
彼女の目が輝く。
「本当だ。その証拠に、ホラ」
男はポケットから小さな箱を取り出す。もし本当に人類が滅亡するとしても、これできっと悔いは残らないだろう。男は箱を開け、ついにその一言を口にした。
「…結婚しよう」